葉緑素(クロロフィル)の生合成に関わる酵素の反応機構を分子レベルで解明 ~天然の光合成機能を超越した人工光合成システムの実現を目指して~

葉緑素(クロロフィル)の生合成に関わる酵素の反応機構を分子レベルで解明

本学医学部医化学講座 原田 二朗講師、立命館大学生命科学部の民秋 均教授、同大学大学院生命科学研究科元院生の廣瀨光了さん(本年3月学位早期取得後に現在、成蹊大学理工学部助教)、福井工業大学環境学部の柏山祐一郎教授らによる研究グループは光合成における葉緑素(クロロフィル)分子の生合成中間体※1を発見しました。加えて、その中間体の産生に関与する生合成酵素※2が二重の反応性を持っており、それらの反応機構を分子レベルで解明することにも成功しました。

本研究成果は、2023年4月12日18時(日本時間)に、米国化学会の雑誌「Biochemistry」に掲載されました。

用語説明

※1 (生合成)中間体:目的とする反応の途中で現れる生成物(化合物)。

※2 (生合成)酵素:葉緑素などが順次につくられていく過程の中で働くタンパク質(触媒)。

本件のポイント

  • 光合成における葉緑素(クロロフィル)分子の生合成経路で働くBciC酵素の一部を変異することで、その分子の合成中間体を検出できることを発見した。
  •  BciC酵素は、加水分解反応と脱炭酸反応の二重機能を兼ね備えており、その2つの酵素反応機構を分子レベルで解明することに成功した。
  • 光捕集系に存在する複雑な葉緑素を人工的に作り出した天然を凌駕する光合成システムの実現への展開が期待される。

研究成果の概要

自然界で行われている光合成は、クロロフィル色素分子が重要な役割を担っています。そのクロロフィル分子は、様々な酵素反応を経由することで生合成されています。それらの生合成酵素の機能については解明が進んでいるものの、詳細な反応機構についてほとんどわかっていません。今回、その生合成酵素の1つであるBciCが、加水分解反応と脱炭酸反応を触媒する二重機能を兼ね備えていることと、それらの反応機構を詳細に解明することに成功しました。下の図1は、BciC酵素を擬人化し、さらにその酵素の二重機能性を2つのピアスで表現しています。これら2つのピアスの間に描かれたのが、クロロフィル分子の中間体の一部です。

図1. BciC酵素の二重機能を擬人化したイラスト
図1. BciC酵素の二重機能を擬人化したイラスト

このような生合成酵素の反応機構を解明していくことで、人工的に作製が困難な光捕集系のクロロフィル分子を容易に作製する手がかりになることが期待されます。

研究の背景

これまで、様々な酵素の反応機構を解明してきた研究では、結晶構造解析が必須でした。しかし、結晶構造解析は、酵素の精製および結晶化が困難であるため、解析に数年から数十年かかるケースも少なくありません。近年、(酵素)タンパク質の3次元構造モデルを高精度に予想できるディープラーニングを利用した計算科学が急激に発展してきました。そこで、その計算科学と、酵素で反応する基質分子を改変する有機化学と、酵素の活性部位の変異を行う遺伝子工学の3つの分野を複合化させることで、光合成色素であるクロロフィル分子の生合成に関わる酵素の1つであるBciCの反応機構の解明を目指しました。また、これまでの研究で、このBciC酵素がある特別なクロロフィル中間体を経由させていることは推定されていましたが、その天然型の中間体は、化学的な安定性の面から検出困難であると考えられていました。

研究の内容

今回研究者らは、図2左の構造式で示されたクロロフィル分子を図2右で示された分子に変換するBciC酵素反応に関わるアミノ酸残基を、計算科学を駆使して予想しました。そして、天然BciC酵素の部分変異を行うことで、検出困難なクロロフィル中間体の検出が可能になることを発見しました(図2中)。その中間体の発見により、BciC酵素は、加水分解反応と脱炭酸反応を触媒する二重機能を兼ね備えていることが明らかとなりました(動画参照)。さらに、BciC酵素の加水分解反応に関与するアミノ酸残基の部分変異を行うことで、加水分解反応機構を予想できました(図2下:Hydrolysis)。またpH変化による、中間体モデル分子の脱炭酸過程を追跡することで、脱炭酸反応機構を推定することもできました(図2上:Decarboxylation)。

図2. BciC酵素が触媒する加水分解反応と脱炭酸反応の予想機構
図2. BciC酵素が触媒する加水分解反応と脱炭酸反応の予想機構

社会的な意義

自然界で行われている光合成機能において、クロロフィル分子は、(太陽)光の吸収、伝達、そして(電気)化学エネルギーへの変換を担っている重要な分子です。今回は、このクロロフィル分子の生合成で働く酵素の反応機構を分子レベルで解明したことから、光捕集系のクロロフィル分子を人工的に作製する大きな手がかりと考えられます。そして、光捕集能が最大のクロロフィル分子を生み出すことで、天然の光合成機能を超えた人工光合成システムの創製を目指した展開にまで貢献できることが期待されます。

論文情報

文名 : Predicted structure of the BciC enzyme catalyzing the removal of the C132-methoxycarbonyl group for biosynthesis of chlorosomal chlorophylls: A mechanism for dual catalytic functions of hydrolysis and decarboxylation inside its active site

著者 : Mitsuaki Hirose1, Jiro Harada2, Yuichiro Kashiyama3, and Hitoshi Tamiaki1,4

所 属 :1立命館大学大学院生命科学研究科

2久留米大学医学部

3福井工業大学環境学部

4立命館大学生命科学部

発表雑誌 : Biochemistry

掲載日 : 2023年4月12日18時(日本時間)

DOI : 10.1021/acs.biochem.2c00715

URL : https://doi.org/10.1021/acs.biochem.2c00715

葉緑素(クロロフィル)の生合成に関わる酵素の反応機構を分子レベルで解明 ~天然の光合成機能を超越した人工光合成システムの実現を目指して~ (PDF)